しださがし

福岡県から九州各地を中心に見つけたシダ植物について紹介していきます。無断での転用・転載は禁止。

ヒノタニリュウビンタイ

種名:ヒノタニリュウビンタイ(Angiopteris fokiensis, Marattiaceae)

解説:偽脈がないとされるリュウビンタイの仲間

場所:鹿児島県

確認日:2018.8.19, 2018.12.1, 2022.11.4

 

友人のリクエストにお応えしてヒノタニリュウビンタイを掲載してみます。葉柄を含む葉の長さが2mにも達する大型のシダ植物です、

本種は、いわゆる「偽脈がない」ことを特徴とする種で、それ以外の外部形態ではリュウビンタイとの識別は困難だと思います。ただ、本種はもともと「偽脈がない」として記載された種ではなく、「偽脈がないことが多い」というニュアンスで記載されていたようです。時系列を整理すると以下のようになります。

 

■記載(Hieronymus, 1919年)Hedwigia 61(3), 275-276p.

Stria often absent or very rarely very obsolete, very short, hardly 0.5 mm long, not reaching the line of the sisters.

注:Google翻訳英訳のままです。Striaは偽脈のはず。

 

■国内新記録(Tagawa, 1958年)J.J.B. Vol.33(7),203p. ※羊歯類雑説(10)

...readily distinguishable from Japanese A. lygodiifolia Ros. by the absence of recurrent false veins.

 

■Flora of china(He Zhaorongほか, 2013年)

false veins absent

 

■シダ植物標準図鑑Ⅰ(海老原, 2016年)

偽脈:なし

 

このように、1919年に記載された時点においては「偽脈はない」とは断定されておらず、「偽脈は稀にあるか、ごく短い」と理解する方が適切です。この後、1958年に国内で発表されて以降、「偽脈はない」との扱いになっています。この点も踏まえて本種の形態を検討してみます。

 

 

↑ヒノタニリュウビンタイの側羽片

↑ヒノタニリュウビンタイの側羽片拡大(A)

↑ヒノタニリュウビンタイの側羽片拡大(B)

↑参考:リュウビンタイの側羽片拡大

上のAとBの写真に示したものは、いずれも私がヒノタニリュウビンタイとして扱っているタイプですが、偽脈の出方は異なっています。

Aは偽脈がほぼ出ないタイプ、Bは短い偽脈が稀に出てくるタイプです。Bの偽脈はリュウビンタイに比べると明らかに短く、また不明瞭です。現行の文献に準拠すると悩むタイプですが、記載論文に照らすとヒノタニリュウビンタイとしても問題ないタイプです。

※ヒノタニとリュウビンタイの雑種は知られていないのでとりあえず今回は触れません。

 

 

↑ヒノタニリュウビンタイ(左)とリュウビンタイ(右)の比較(落射光)

↑ヒノタニリュウビンタイ(左)とリュウビンタイ(右)の比較(透過光)

ヒノタニリュウビンタイの偽脈は一見すると「無いように見える」のですが、透過光で観察すると「存在はしている」ことがわかります。「偽脈がない」のではなく、正確には「偽脈は表面からは見えない」ようです。

そのため、展葉時の生育状態や個体差によって、偽脈がちょっと見えてくる場合があることは考えられそうです。標本にした時に、生時には確認できなかった偽脈がちょっと見えてきた・・・とかもありそうです。

そうすると、ヒノタニリュウビンタイとリュウビンタイの差異が微妙になってくるのですが、これは将来の研究に期待しましょう(誰か研究しないかな)。ちなみに孔辺細胞には差がありませんでした。

 

↑ヒノタニリュウビンタイの孔辺細胞

リュウビンタイの孔辺細胞

 

 

偽脈についての考察はこの辺にしておいて、その他の特徴も掲載しておきます。

↑ヒノタニリュウビンタイの側羽片(自然光)

↑ヒノタニリュウビンタイの側羽片

 

 

↑ヒノタニリュウビンタイの葉柄基部&根茎

 

↑ヒノタニリュウビンタイの托葉(?)

いわゆる「鱗片挿し」に使われる部分ですが、シダ植物の形態としての「鱗片」ではないですね。株の周辺にボロボロと落ちていました。

 

↑托葉(?)から発生したクローン個体

自生地では大型株の周辺でこのような栄養繁殖的に発生した個体が複数確認されました。親株の近くで発生すると競争しそうですが、斜面に生育している場合には転がって分散できるので、繁殖手段として役立っていそうです。